改めてポサーダの野球人生を振り返る。

ホルヘ・ポサーダ
Jorge Posada

出身地 プエルトリコ
生年月日 1971年8月17日
身長 6′ 2″ =約188cm
1990年ドラフト24巡目にて指名される。

ポサーダは上記の通り、アメリカ領プエルトリコ出身だ。なぜかメジャーにはプエルトリコ出身のキャッチャーが多い。ポサーダと同世代のイバン・ロドリゲスもそうだし、モリーナ兄弟たちもそうだ。プロの世界に入ったのは1990年。メジャーデビューは1995年だが、これはセプテンバーコールアップ。96年から本格的にメジャーで活動を始めている。96年というのはトーリ監督が就任し、ヤンキースの黄金時代が始まった年。先発捕手の座をつかんだのは98年から。先発捕手となってから3年連続でワールドシリーズ制覇。非常に恵まれた状況でのメジャー人生スタートだった。ポサーダがメジャー昇格したときのヤンキースの正捕手は、現在のヤンキースの監督、ジョー・ジラルディだった。このジラルディとの関係性に関してはまた別の機会に書きたい。

2000年にメジャー制覇してからヤンキースはしばらくチャンピオンから遠のく。新人のころからリードも含めた守備力に疑問を呈する声は多かったが、2000年以降次第にその声も大きくなっていく。2008年には怪我で出場機会が激減するも2009年に見事に復活。チームも9年振りにワールドシリーズ制覇となった。しかしとうとう2011年にはチームの方針により完全にキャッチャーミットを奪われることとなってしまう。打撃の素晴らしいポサーダだからDHでオフェンスに専念してもらうという意図もあったと思う。結果は打撃面でも残念な結果になってしまった。そしてこのオフ2012年1月24日引退。40歳。

キャッチャーとしては確かに欠点があった。キャッチングは雑だし、素人でも首を傾げたくなるようなリード。AJ・バーネットにはバッテリーを組むことを拒否されて、2009年のワールドシリーズでもホゼ・モリーナがバーネットと組んだ。それでも彼はワールドシリーズ4度制覇を誇るチームの先発捕手だったのだ。彼の売りはなんといっても攻撃力。同世代のキャッチャーでは最もすぐれたオフェンス力を持っていた。長打力は素晴らしかったし、出塁率がとても高かった。派手なチームの中では地味な方であったが、それがヤンキースの強さを象徴していた気がする。彼が先発の座をつかんだ1998年から2006年までずっと地区優勝をしていたのだから、捕手として及第点だったのだと思う。

オールスター出場5回。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です